黄金時代の探偵小説をもとめて

欧州在住の推理小説愛好家が主にKindleで黄金時代の探偵小説を読んでその感想をひたすら綴るブログ

「死体置場行ロケット」H.H.ホームズ(A. バウチャー) "Rocket to The Morgue" H.H. Holmes (Anthony Boucher)

はじめに

バウチャーコンで知られる批評家、アントニー・バウチャーの、名のみ知られた推理小説の数々は、それこそ私が10代の頃から、稀覯本だった。

昭和30年代くらいに別冊宝石とか、創元の全集で訳出されて、それきり(多分今もそう)。

 

10代のころ購読していた、ミステリマガジンだったか今はなきEQだったかの読者同士の通信欄で、投稿者が手持ちの古書と交換希望としてときおりあげていたそのタイトル「ゴルゴダの七」、「死体置場行ロケット」、「ナイン・タイムズ・ナイン(密室の魔術師)」のおどろおどろしさに魅了され、いつかは読んでみたいと思っていながらも、何しろ地方在住だったし、今みたいにネットなんてないから神田まで行って古書を探すことも難しいし、探し当てても雑誌に告知を出してまで読みたいというマニアがいる中、きっと中学生の小遣いで買えるものでもなさそうだし。

ということで、それらの題名は記憶の引き出しの奥に納められたまま幾星霜。

 

ところが、ふとしたことから、kindleでその名前を検索してみると、あれ、あるではないか。しかも700円しないで買えることに気づく。

原書ならば、だが。 

 

10代の当時だったら無理だったろう。

でも、今なら、筋を追うくらいの英語力なら、自信はまあまああったり。

まあまあだが。

 

で、買ってみた。"Rocket to the morgue" 「死体置場行ロケット」

ちなみに、この邦題は、別冊宝石で翻訳された際のもの。

直訳だけど、なんてカッコいい題だろうか。

 

あらすじ

ヒラリー・フォークスは、父である偉大なるSF作家、ファウラー・フォークスの残した小説「デリンジャー博士」シリーズの著作権を所有、管理していた。しかし、吝嗇家の彼は、リプリントに対し法外な使用料を要求するなど、SF業界での悪評は高く、彼を憎むものも少なくなかった。

その彼の命が狙われているというのだ。1度目は、ビルからの落下物で、2度目は、毒物で。彼の連絡を受けたマーシャル警部は、ヒラリーのもとを訪れた際、かろうじて、3度目の試み、爆弾に気づき、爆発を寸前で食い止める。

しかし、その翌日、警部がヒラリーと電話で話をしている際に、突然彼の言葉が途切れ、大きな物音とともに、受話器の向こうが静かになった。彼のオフィスに駆けつけた警部がみたものは、密室状態となった部屋で倒れる彼の姿。

背中にはペーパーナイフが突き刺さっていた。

 

感想

H.H.ホームズ名義で発表されたバウチャーの小説は、ウルスラ修道尼(シスター・アーシュラ)とマーシャル警部が探偵役(らしい)、本作では、捜査の大半はマーシャル警部の視点で進められていく。

結果的に未遂(重傷)で終わった密室事件の後も、次世代の高速移動手段「ロケットカー」のモデル完成のお披露目パーティーの中で発生する轢殺事件、終盤には、最初と全く同じ状況で繰り返される密室での死と、読者をワクワクさせるような要素が盛りだくさん。さすが名批評家、ツボをしっかりおさえていらっしゃる。

英語の文章も、会話中心で比較的読みやすく、しかも章が細かく分けられていることもあり、ストーリーを追うことに苦心することもなかった。読了まで2日。

 

(以下多少トリックに言及)

残念なのは、最後の最後に明かされる密室の謎とその解明。

複雑な機械仕掛けではなく、シンプルでしかも大技なのだが。。。探偵たちは、心理的密室を扱ったチェスタトンの古典「見えない男」に何度か言及し、さて、それを超えるどんな結末が待ち受けているのか、と楽しみにしていたのだが。

最後に明かされる真相は、少し「肩すかし」だった。

 

しかもこの解明は、推理によるものではなく、地道な捜査活動の中で浮かび上がってくるもの。つまり最後の探偵による謎解き前に、読者も(可能性のひとつとして)見当がついてしまう。

読み進めながら、きっとその先に、どんでん返しが待ち受けているのだろうと期待していたけれど。

 

 

作者は当時のSF業界の中心にいた一人(ってことでいいんでしょうか)で、作中にも様々なSF業界楽屋おち的な要素がちりばめられている。

登場人物はほぼすべてがSF小説の関係者だし、ドイルをだしにしてのSF論(チャレンジャーとデリンジャー!)や、密室事件のSF的解決法についての議論、時折挟まれる架空の(?)SF小説キャプテン・コメットの一節、登場人物の一人にバウチャー自身のSF小説をけなさせかと思えば、終盤には、作者本人が作中に現れる。

 

実はトリック自体も、それら楽屋おちのひとつといえばいえなくもない。

きっとバウチャーは極めて親しい友人たちを読者として頭に浮かべながら、彼らをニヤニヤさせるために、楽しみながらこの小説を執筆したのではないか。同人誌的感覚というか。

 

そういう意味では、SFの歴史に詳しい人ならば、きっと筋を追う以上の楽しみをこの本から得られるにちがいない。kindleでの読者の感想も、そういう視点から(も)見て評価している人が多いようだ。

 

 

このkindle版はOrion books の叢書、"the murder room" によるもの。

何にせよ、昔から読んでみたかった作品のひとつが読めてよかった。

バークリーの著作もまだ3点ほどあるし、シリル・ヘアーや、コニントン、フェラーズなんかもある。もう少しこの叢書、読んでみよう。

 

 

(備忘録的評価)

読みやすさ:8(とくに苦労せず)

ストーリー:7(SF業界の内幕、ユーモアもある)

探偵:6(もう少しウルスラが出てきても)

その他の登場人物:7(これ誰だっけ?にはならなかった。作者本人の登場)

謎の提示:8(密室、扮装した男)

プロット:7(続く災難。冒頭にすれからし向けのレッドへリングあり)

トリック:5(肩すかし)

その解明:5(あまり推理していないような)

意外性:5(謎解きの前に気づく)

私的愛着度:9(やっと読めた)

 

計:64(個人の感想です)

 

 

Rocket to the Morgue (English Edition)