黄金時代の探偵小説をもとめて

欧州在住の推理小説愛好家が主にKindleで黄金時代の探偵小説を読んでその感想をひたすら綴るブログ

デレック・スミスの幻の作品を(原書で)読む " Come to Paddington Fair " Derek Smith

世界探偵小説全集よ、永遠なれ

最終的に4期45巻に至った酷暑(あ、指がすべった)もとい国書刊行会の「世界探偵小説全集」の意義のひとつは、すでに汲みきり、干からびたと思われた泉がまだ多くの水を湛えていたということを我々に知らせてくれたことにある。

 

すでに広く名の知られた作家たちの未訳紹介や新訳、名のみ知られていた作家たちの代表作の紹介、そして名前さえも聞いたことのない、黄金時代の忘れられた推理作家たちの初訳は、所謂海外本格物の邦訳はあらかた読み切ってしまった推理小説愛好家たちを喜ばせた、のだと思う。少なくとも私は、毎回毎回、刊行が楽しみでしかたがなかった。

 

しかし、これは私感だが、同時に歴史の選択は正しかった、という厳しい現実を見せつけられたことになったようにも思う。やはり、カーは文句なく、すばらしい。バークリーの未訳も、一度毒入りチョコを味わった者にとっては想像の範疇、ようは紹介されるタイミングの問題だったのだ。クリスピンやアリンガム、マクロイ、彼(女)らが、小説巧者だったことはいくつか紹介された小説を読めばわかること。

 

しかし、クライド・B・クレイスンの密室はどうだったろう、クイーンと比較されたルーパート・ペニーの論理の切れ味は。残念ながら、大きすぎる期待に見合うだけの満足感を得ることもなく、ため息とともに本を閉じたことを思い出す。マックス・アフォード、ノーマン・べロウといった密室派たちの著作も、仮にトリックはカーの水準作だったとしても、小説としてはカーに及ばない。

 

「ルビッチならどうする?」、きっとカーならもっとドキドキワクワクさせてくれたろうに。ストラディバリが、今名器と言われているのは、当時から名器だったからだ。歴史の判断は、あながちいい加減でもないのだな、それが私が45巻全てを読了したときの感想だった。

 

しかし、少なくとも、泉に水はまだ、残っているのだ。かつて一息に飲み干した名作たちの喉越しには劣るにしても、乾ききった喉を潤すには十分であり、しかも、その味わいも、現在の小説群では味わえない、独特の風味を湛えているではないか。

 

ビンテージのボトルをどきどきしながら開栓する(経験はないけど)のではなく、休日に、軽くテーブルワインを味合うように楽しめばよい。そう感じたときに、この業書で体感した作家たちの残された作品を原書で読みはじめたのだった。

 

Kindleなら読める、幻の作品

前置きが長くなりすぎた。

 

今回読了したのはDerek Smith の" Come to Paddington Fair "。

酷暑刊行会の業書には処女作「悪魔を呼び起こせ」が収められている。 

ご存知の通り、この作家は、所謂「忘れられた黄金時代の探偵作家」ではない。それらを愛した世界的に有名な研究家である(らしい。私は知らなかった)。

 

日本版はかつて私家版(というのか、同人誌というのか)として刊行されていて、私も以前こちらでアントニーアボットの翻訳を購入したことがあったりしたが、これは所有していない。

 

しかし(前回同様書くが)読みたければ、Kindleで簡単に読めるのだ。英語だけれど。

 

あらすじ

めまぐるしく展開する冒頭

物語は研究家=愛好家らしくオーソドックスに朝食に向かう名探偵のシーンから始めるでもなく、おどろおどろしい因縁話から始めるでもなく、なんとも読者を混乱させるテクニカルな展開を見せる。

 

会社員のRichard Mervanは、会社の売り上げを銀行まで運ぶ途中、強盗に襲われる。脳震盪になりながらも、なんとか身を呈してそれを防いだMervanは会社から賞賛され、高揚した気持ちは、以前から気になっていた同僚Lesleyに声をかけるに至る。街を歩き、食事をした二人はなんとなくいい雰囲気になる。

 

と思ったら、次のシーンで彼は獄中にいる。しかも会社の金を盗んだ咎で。どうやら、彼はLesleyにそそのかされて、会社の金庫の金を盗み出したらしい。しかもその後、Lesleyに騙され、殴られ、昏倒。彼女は逃亡し、彼だけ捕まったようなのだ。

 

・・筋が追える限界の英語力では、何が起こっているのか理解できず、何度も読みなおしてしまったが、なんとも素敵な展開ではないか。しかも、ここから物語はまだ飛躍を見せる。

 

混乱のまま第二部へ、そして。。

第2部は、その6年後(1952年?の設定)、名探偵Algy Lawrenceとその友人Castle主任警部は、土曜のマチネ公演を観に劇場へ向かう。楽しみのためではない。主任警部宛に奇妙な手紙が届いたからだ。昨夕投函されたその手紙には、演劇のチケットが二枚と、紙の上にゴム判で押された"come to paddington fair " とのメッセージが。不審に感じた警部は、友人の素人探偵を誘い、その手紙の意図を探りに向かう。

 

3幕からなる劇はクライマックスを迎えていた。主人公がヒロインに銃を向ける。青ざめるヒロイン、場内に響く銃声、しかしそれは一発ではなく二発だった。二発目の銃声の出処を察した名探偵は、逃げる男をロビーで捕らえる。しかし、ヒロインを殺害した銃弾は男が持つ銃からではなかった。主人公が手にもつ拳銃が、彼女の命を奪ったのだ。

 

劇作家の指示により、空砲を詰めた本物の銃が、舞台では使用されていた。間違いを防ぐために厳重に管理されていたはずの銃が、いつ実弾とすりかえられたのかが、大きな謎となる。冒頭で語られていた因縁話が影を落とし、かつ劇関係者の複雑な人間関係が絡み捜査は難航する。

なされた証言は必ずしも正しくなく、後になって嘘だということがわかる。さらには主人公の探偵が関係者の女性に恋をするといったトレント的な展開も見せなんとも先が読めない。って、これ読む前に期待していたようなストーリーと違うんだけれど。。

推理小説研究家によるこの小説は、不可能興味と一大トリックにかけたものではなく、意外と、といったらいいのか、近代的な小説を目指したものだったように読めた。

 

あれ、密室は。。。?

最後に明かされるトリックは、大技といえば大技だが、うまくいかない可能性だってある。しかも、そこまでやらなくても他にやりようがあったのでは?と言えるようなもの。うーむ。

 

文章は読みにくくはないと思うが、登場人物が時に姓、時に名で呼ばれ、最初はまごつくのと、Kindle自体の問題かもしれないが、筒井康隆の小説のように、場面転換の際にスペースが空いていないので、気づくと違う話になったりしているところも。

 

なんにせよ、一度は読んでみたいと思った一冊を読むことができてよかった。ただ、もう一度読みたいと思うかというとどうかね。。

 

 

備忘録的評価)

読みやすさ:6(場面転換に時についていけず)

ストーリー:6(ひねりを効かせたつもりなのだろうけれど。。)

探偵:6(探偵は恋しない方がよいのでは。)

その他の登場人物:8(恋に裏切られた男多数)

謎の提示:5(衆人環視下の殺人は魅力的だが、謎自体はすごく小さい)

プロット:6(後になって、すいません実はこうだした。。。はあまり好きじゃない)

トリック:6(ある意味大技)

その解明:6(謎解きがあったかどうかよく覚えていない)

意外性:5(意外性は、ある意味ない)

私的愛着度:9(この本もやっと読めた)

 

合計 63(あくまで一素人愛好家の感想です)

 

 

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